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洋々LABO > インタビュー > コラム > ホリエッティの「三大陸周遊記」<アーキオロジー>(Archeology)その1

高校の世界史や倫理の教科書でも、大学の哲学史のテキストでも、哲学は古代ギリシアのタレースに始まると書いてあるのが通例である。では、そもそも哲学とは何かというと、<万物のアルケーを探求すること>と等置されている。では、「アルケー」とは何かというと、「根源」「始原」「始源」「始元」など様々な字が当てられている。

「源」には「ペーゲー」というギリシア語があるので、そちらの訳にとっておいて、「アルケー」には「始まり」という意味と、「原理」という意味の両方があるので、「始原」の語を選んでおくことにしよう。すると、<哲学>=<万物の始原探求>はタレースを嚆矢とし、以後、始原とは何かの具体例が羅列されてゆく。タレースはアルケーが「水」であるとし、弟子のアナクシマンドロスは「無限定」、その弟子のアナクシメネースは「空気」である。

以上3人はミレトスで活躍したため、「ミレトス学派」と一括りにされる。哲学は現在で言えば、トルコ共和国のミレトス市でスタートしたわけだ。「ギリシア」と言っても、古代ギリシアは現代のイタリア、シリア、ヨルダン、レバノン、イスラエルなど東地中海沿岸諸国も含んでいるのである。そしてピュタゴラスは、アルケーを「数」であるとし、ヘラクレイトスは「火」、アナクサゴラスは「知性」、エンペドクレスは「地・水・火・風」に加えて「愛と憎しみ」といった具合である。

しかし、問題点が幾つかある。まず、これらの羅列を暗記して、いったい何になるのかという点だ。入試の得点になる? それが、哲学と何の関連があろう。大切なのは、なぜこれらの哲学者が、それぞれのアルケーを選んだのかということだろう。しかし、初発のタレースの「水」からして、よく判っていない。天文学、地学などにも詳しかったタレースは、万物が水の上に浮いていると考えたからとか種々推測されるが、例えば火がなぜ水からなるのか説明を訊きたいのは当然だろう。満足の行く説明は、本人の口から聴くことはできない。つまり、文献として証拠がないということである。

ところで、タレースより2世紀以上後代の哲学者アリストテレスは、「万物は神々に満ちている」とタレースが語ったことを円熟期の著作『魂について』411a8で証言している。すると、タレースの「水」は少なくとも神々に通じるものとして構想されていたことになる。

2番手アナクシマンドロスによれば、万物のアルケーは「ト・アペイロン」である。「ト」は英語のtheに相当する定冠詞、「ア」はatheism「無神論」(theosは「神」)のように、インド=ヨーロッパ語族に共通の否定の接頭語、「ペラス」は「限定」だから、これまで「無限定」と訳されてきた。しかし、訳語というのは諸刃の剣である。原語の意を伝えると同時に隠蔽する働きもする。「限定」と対比されると、限定によって規定されなければ存立しない不定なものという否定的存在、混沌・カオスに受け取られがちである。

そこで提案だが、「定」を取り払ってはどうか。アナクシマンドロスは万物の始原を「無限」とした、のように。そうすれば、形而上学として現代でも立派に通じるのではないか。20世紀後半フランスに始まり、日本でもいまだに相当もてはやされているユダヤ人哲学者に、エマニェエル・レヴィナスがいる。そのレヴィナスは神を「無限」(l’ infini)と表現する。この無限は限定によって規定されるしかないものという否定的意味合いではなく、逆に限定・全体性(ナチスの全体主義につながる)を打ち破る積極的な力を秘めたものだ。

彼の主著『全体性と無限』の標題からも、その消息が伺われるかもしれない。アナクシマンドロスの卓越性については、慧眼にも20世紀最大のドイツの哲学者ハイデッガーも『アナクシマンドロスの言葉』という著作で着目している。哲学は進歩の歴史ではない。歴史の初めから、一挙に高みに昇ることができるのかもしれない。さすれば、哲学史とは発展史的上昇直線ではなく、天才的高峰連なる山脈を辿る試みともなろう。

アルケーを「空気」とした3番手アナクシメネースは、アナクシマンドロスの抽象の高みから、具体的事物に引き下ろしたものとして評判が悪くなりかねないが、しかし彼の場合も、「アーエール」を「空気」と訳さず、「気」と訳せば、中国哲学の万有の原理と相通ずることとなり、訳語の功罪を痛感せずにはいられない。

いずれにせよ、万物のアルケー探索を以て始まった哲学の活動は、<アーキオロジー>(Archeology)と表現できる。「アーキオロジー」はふつう「考古学」と訳される。しかし、英語読みした「アーキ」は「アルケー」であり、「始原」の意なのであった。また、「ロジー」はギリシア語の「ロゴス」に由来し、「学問」の謂いである。したがって、「アーキオロジー」は「始原論」と訳すことができる。

古代ギリシアのタレースに淵源する哲学は、「アーキオロジー」こと「始原論」と特徴づけられる。英和辞典の“Archeology”の見出し語の項目に「始原論」の訳語を、是非加えておいて欲しい。「ええっ、電子辞書しか持っていないって!」 やり方は、ホリエモンにでも訊いてください。

洋々講師。元慶應大学教授。ピサ大学客員教授、京大、ICU、上智、東京女子大の講師も歴任。現在は、東大、早稲田、放送大学で講師を務める。慶應文学部の一般入試・自主応募入試の出題・採点に長年携わった経験を活かし、洋々参画後は小論文・英語・志望理由書の指導を手掛け、慶應文学部を始めとした上位大学の文系学部に圧倒的な合格実績を残す。諸国を旅し20ヶ国語に通じる。無尽蔵の学識に裏打ちされたユーモア溢れる語り口に、受講生からの人気も高い。
慶應義塾大学文学部哲学専攻卒
慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程単位取得退学

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