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洋々LABO > インタビュー > コラム > ホリエッティの「三大陸周遊記」モンマルトルと「ヒエラルキー」

短期間でパリ観光するとしたら、どこを巡るだろうか。ふつう、セーヌ河畔のエッフェル塔、シャンゼリゼ通りの高みに窮まる凱旋門に、ルーブル美術館ないしオルセ美術館、次にはモンマルトルの丘に登って、サクレ・クール(邦訳ではお馴染みの「聖心」)寺院に立ち寄るのではないだろうか。だが、20世紀初頭建立のこの新参者の建築はどうでもよいのではないか。丘に向かって左方向に、1534年イグナチウス・デ・ロヨラがイエズス会の結成式を行った教会堂がある。前々回「目から鱗」のコラムで、「ゲニウス・ロキー」(その土地の守護霊)という言葉を紹介したが、パリのゲニウス・ロキー宿るこちらのパワー・スポットこそむしろ訪れたい。そこ(Martyrium de Saint-Denis)は、3世紀フランスにキリスト教布教を試みるも処刑された聖ディオニュシオスの斬首地点なのである。

 
そもそも「モン・マルトル」とは、「殉教者」(マルトル)の「丘」(モン/mont)の謂いであり、殉教したのは聖ディオニュシオス、フランス語読みして「サン・ドニ」だったのである。赤い風車ムーラン・ルージュ擁するモンマルトルは、ルノワール、ロートレック、ドガ、ユトリロ、ゴッホ、モディリアーニ、ピカソなど綺羅星のごとく画家がアトリエを構えた藝術区画として有名だが、血塗られた歴史が原点にある。首を斬られたサン・ドニさんは気丈にも自分の首を携えてとことこ歩き、パリの北10キロほどして事切れた。パリ発祥の地、セーヌ川に浮かぶシテ島の華、ノートル・ダム寺院のファサードには三つ扉が開いているが、一番左の扉口の彫刻の左から3番目には、自らの首を手に持つ聖人が今日なお認められる。パリだけでなく、このパターンの彫刻はいずれも殉教した聖ディオニュシオスを表象しているのである。

そして12世紀には、かれが事切れた地点にサン・ドニ大聖堂が修道院長シュジェール主導で建てられる。歴代フランス王の墓所になった由緒ある聖堂であり、現在も健在である。ここにも是非、赴いていただきたい。地下鉄13番線なら、1998年サッカーのワールドカップ会場として名を馳せた「スタッド(フランス語の「スタジアム」)・ド・サン・ドニ」の次の駅「バジリック・ド・サン・ドニ」前に聳えている。シュジェールは、擬ディオニュシオス・アレオパギテースの著作から、神が光であることを学び、光=神を聖堂に満たす新建築様式ゴシックを初めて採用した。従来のロマネスク様式の仄暗い空間は、薄い壁に嵌め込まれたステンドグラスから差し込む光によって駆逐されたのである。哲学は無力どころか、ゴシック様式はネオプラトニズムの藝術的開花に他ならない。

では、その擬ディオニュシオスとは誰なのか。それは、3世紀ガリアの地にキリスト教を根付かせようと奮闘した先のサン・ドニとは異なり、6世紀初頭のキリスト教公会議に、突如引用されたディオニュシオス文書の著者である。この著者は、以下引用の「使徒行伝」で言及される、パウロによってアテネで回心させられたアレオパゴスの議員ディオニュシオスと同一であると自称した。

 
「エピクロス派やストア派の幾人かの哲学者もパウロと討論したが、その中には、「おのおしゃべりめは、何を言いたいのか」という者もいれば、「彼は外国の神々を宣伝する者らしい」という者もいた。パウロが、イエスの復活について福音を告げ知らせていたからである。そこで、彼らはパウロをアレオパゴスに連れて行き、こう言った。「あなたが説いているこの新しい教えがどんなものか、説明してもらえないか。奇妙なことを私たちに聞かせているが、それが一体どんなものなのか、知りたいのだ。」すべてのアテネ人やそこに滞在する外国人は、何か耳新しいことを話したり聞いたりすることだけで、時を過ごしていたのである。

パウロは、アレオパゴスの真ん中に立って言った。「アテネの皆さん、あなたがたがあらゆる点で信仰のあつい方であることを私は認めます。道を歩きながら、あなたがたが拝むいろいろなものを見ていると、「知られざる神に」と刻まれている祭壇さえ見つけたからです。それで、あなたがたが知らずに拝んでいるもの、それを私はお知らせしましょう。世界とその万物とを造られた神が、その方です。この神は天地の主ですから、人の手で造った神殿などには、お住みになりません。また、何か足りないことでもあるかのように、人の手によって仕えてもらう必要もありません。すべての人に命と息と万物とを与えてくださるのは、この神だからです。神は、一人の人からすべての民族を造り出して、地上の全域に住まわせ、季節を定め、その居住地の境界をお決めになりました。これは、人に神を求めさせるためであり、また、彼らが捜し求めさえすれば、神を見いだすことができるようにということなのです。実際、神は私たち一人一人から遠く離れておられません。私たちは神の中に生き、動き、存在しているからです。皆さんのうちにある詩人たちも、「我らもその子孫である」と言っているとおりです。私たちは神の子孫なのですから、神である方を、人間の技や考えで刻んだ金、銀、石などの像と同じものと考えてはなりません。さて、神はこのような無知な時代を大目に見てくださいましたが、今はどこにいる人でも皆、悔い改めるようにと、命じておられます。先にお選びになった一人の方によって、この世界を正しく裁く日をお決めになったからです。神はこの方を死者の中から復活させて、すべての人にそのことの確証をお与えになったのです。」

死者の復活ということを聞くと、ある者は嘲笑い、ある者は、「それについては、いずれまた聞かせてもらうことにしよう。」と言った。それで、パウロはその場を立ち去った。しかし、彼に付いて行って信仰に入った者も、何人かいた。その中にはアレオパゴスの議員ディオニュシオス、またダマリスという女や、その他の人々にもいた。」」(「使徒行伝」17章18-34節)(新共同訳2018年から引用したが、文脈に応じて変更を加えた)

 
理性を重んずる哲学の殿堂アテネでは、処女懐胎にせよ、肉体を伴う死後の復活にせよ、ナザレのイエスによる全人類の代罰思想にせよ、パウロの宣教は一笑に付された。しかし、わずかな例外としてパウロに傾聴したのが、アレオパゴスのディオニュシオスだった。パウロと同時代人であるから、このアレオパゴスの議員ディオニュシオスは、紀元後1世紀の人物である。しかるに、6世紀公会議に登場したディオニュシオス文書は、5世紀のプロクロスの哲学体系を前提とするものであることが19世紀末、2人のドイツ人学者によって学問的に証明され、いわゆる偽書であることが判明した。ということは即ち、シュジエールを感化した謎の人物は、自らをディオニュシオスと騙っていたにすぎない。 整理してみよう。ディオニュシオスは3人いるのだ:
①パウロによって回心した1世紀のディオニュシオス。
②パリで布教した3世紀の司教ディオニュシオス。
③自らを①であるかのごとく意図的に擬名を用いた6世紀のディオニュシオス。

容易に首肯されようが、この3人は歴史的に混同され、③は①の権威の仮面のもとにシュジェールばかりか、西洋精神史に絶大なる影響を行使することになる。ディオニュシオス③の著作には、『神名論』『天上位階論』『教会位階論』『神秘神学』『書簡集』がある。『天上位階論』は天使を旧・新約聖書に基づいて、<熾天使(セラフィム)><智天使(ケルビム)><座天使><主天使><力天使><能天使><権天使><大天使><天使>の9階級に分けたものとして、天使について現代論ずる本がみな引用する典拠となっている。この天上の序列に呼応して教会の位階も、<教皇><枢機卿><司教><司祭><助祭>・・・などと階層をなすことを示すのが『教会位階論』という著作になる。そして、この「位階」とは「ヒエラルキアー」(いわゆる「ヒエラルキー」)というギリシア語の翻訳であり、擬ディオニュシオスの造語なのである。

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